scene#12 零れ落ちる水粒
「ほら、また。」
少し怒った口調でそういうと、彼女は両手でボクの頬を優しく包み込み、俯くボクの顔を目線が合うように持ち上げた。そして小さな口を尖らせながら彼女は言う。
「ねえ、あなたの瞳が茶色いのはコーヒーが好きだから?」
ああ、またそれだ。今朝も同じことを言われたんだっけ。
「瞳ってね、あなたが思っている以上にキラキラしているんだよ。」
彼女は「ほらっ」と、互いの鼻先が触れるくらい顔を近づけてきた。
「でもね、今のあたなは違うの。そこにあるコーヒーの色と同じ。とても暗くて寂しい色しているの。」
と、目を潤ませて言う。そして。「それに・・・」と続けようとしたが直ぐに口を噤んで言葉を飲み込んだ。その言葉に押し出されたように、彼女の目からポロポロと水粒が零れ落ちてきた。
ああ・・・
彼女の泣き顔を見てあらためて実感する。ボクは、人の涙を見るのは苦手だ。彼女にかぎったことではない。その人にとってどんな言葉が最適なのか。たとえそれが分かったとしても、声にするタイミングが分からない。ただ、ただうなずくだけで、ボクがいかに無力であることを、いつも思い知らされるのだ。
お願いだから、ボクの前で泣かないでくれないか?
でも、ひとりきりで泣かないで欲しい。
そして、ボク以外の男の前では涙を見せないでくれ。
「最低な男」と呆れるかもしれない。そして。矛盾していて、まるで子供の我儘だ。と、言われても反論することはできない。まったくその通りなのだから。でも、これが、ボクの正直な気持ちなんだ。