scene#05 コンデンスミルク
「ねえ、初恋って覚えてる?」
彼女の質問は、さっきまでの会話の流れを考えずに唐突に始まる。最初はびっくりして戸惑いもしたけれど、三年も付き合えば慣れてくる。
「ん? あ、ああ。うん。」
「教えてよ、どんな恋だった?」
「恥ずかしいし、聞いてもつまらないから。」
「いいから聞かせて。ねえ。ほら!」
と、ボクのコートの袖を両手でひっぱり、瞳をキラキラさせている。
「初恋の話」と一言でいうとなんだか・・・いい思い出のように聞こえるけれど、それと同時に初めての失恋の話でもあるのだ。よく例えられる「甘酸っぱい」なんてものじゃなく「苦い」ものなんだ。ほろ苦いどころじゃない、コンデンスミルクを直飲みしたいほど。
ボクは何度もはぐらかして必死に話題を変えようとしたのだけれど、彼女がしつこく聞いてくるので、ボクはしかたなく話すことにした。
ボクの初恋は中学生のとき。相手は、教育実習生としてボクのクラスを担当することになった大学生だった。でも、片思いで終わったので「初恋」と称して良いのかわからない。中学生の頃はとくに年上の女性に憧れ、女性を意識しはじめる年頃であるけれども、周りの女子は容姿、性格ともに幼すぎて性的な対象としては度外視してしまうのだ。今では死語となっていて誰も使わないだろうけど、つまりは・・・「はしかのようなもの」なのだ。
「へえ〜」
と彼女はニヤニヤとボクの顔を見つめる。ボクは顔を背けて黙っていると
「で? それで? どうなったの?」
と、彼女はすかさず問いかけてくる。
「勿論、告白することなく終わったよ。」
初恋の終わりはあっけないもので、特定の男性が既にいたということと、そもそも中学生なんて子供は男として見ることが出来ず恋愛対象に入らないというものだ。後者は本人から言われたわけではなく、ボクの勝手な解釈ではあるのだけれど・・・。
「そっか・・・でも、よかった。」
「え?」
何が良かったの?
「だって、ね。そうでしょ?」
と、言うと、今度は彼女がボクの左頬にキスをした。
彼女は、コンデンスミルク以上に甘かった。